海外クラウドファンディングで起こる5つの問題と解決策:スベらないプロジェクトのために
こんにちは、Tokyo Otaku Mode(以下、TOM)の坂入です。TOMでは、約1年前から海外クラウドファンディングのプロジェクトを企画/運営したり、他の会社およびクリエイターのプロジェクトをサポートしたりしてきました。
2016年は国内でもクラウドファンディングが一般メディアで大きく取り上げられる年になりました。クラウドファンディングで得た資金でパイロットフィルムを制作した、『この世界の片隅に』や、漫才師・キングコング西野さんが描いた絵本、『えんとつ町のプペル』が大ヒット。『SMAP大応援プロジェクト』は朝日新聞朝刊の広告枠を8ページにわたって買い切り、世間を驚かせたのも記憶に新しいでしょう。
マスコミでの露出が増えるにつれ、クラウドファンディングの注目度は上がってきています。また、成功例を知って、クラウドファンディングでの資金調達を考えている企業やクリエイターも多いのではないでしょうか。
ただ、クラウドファンディングが流行っているからといって安易にプロジェクトを始めてしまうと、失敗するリスクが高くなることは知っておいたほうが良いでしょう。単に、「資金が集まらなかった」というだけでなく、調達が成功しても配送時に大きな赤字を出したり、大量の在庫を抱えてしまったという落とし穴もあります。特に海外向けのクラウドファンディングを実施する場合には、難易度が数段階高まります。
今回は、クラウドファンディングを行う時に問題になる5つのポイントについて解説し、”スベらないクラウドファンディング”について、この1年のノウハウを元に可能な限り書き記していきたいと思います。
<目次>
はじめに
1 すべてが成功するわけではない
2 調達開始をしてからが本番
3 リワードとストレッチゴールの設計が大切
4 リワードの配送方法は手配してあるか
5 コスト・リスクは計算されているか
はじめに
最近のマスコミ報道を見ていると、クラウドファンディングを「資金が沸いてくる魔法の杖」と勘違いしそうになるくらい、誤った認識が浸透している雰囲気があります。しかし、クラウドファンディングには様々な懸念すべき点もあるのを理解しましょう。
ニューズウィーク日本版サイトにおいて瀧口範子氏は、「クラウドファンディングの落とし穴」について指摘しています。
・経験がないためにコスト計算を間違って、思った以上にお金がかかるということがわかったりする。
・大切に育んだいいアイデアを公開したばかりに、制作や製造のプロが横取りして簡単に作ってしまう。
海外サイト「CROWDFUND INSIDER」 にも、以下のような警句があります。
・マーケティングに時間を使うべき。良いストーリーをつくりあげること。
・クラウドファンディング自体にも時間、お金、労力がかかることをきちんと認識すること。
まずは、「なぜクラウドファンディングをするのか」という目的を明確にしましょう。単に資金のみが必要な場合は、大衆ではなく投資家や企業に頼った方が良いケースもあります。資金調達が必要なのか、同時にバッカー(支援者)からの評判も必要になるのか、どちらをメインターゲットにするか、戦略を明確にしてください。”何を実現するためにいくら必要なのか”、これを明確にすることでバッカーに対してもきちんとした説明ができ、資金を出してもらうための説得力が増します。
1. すべてが成功するわけではない
クラウドファンディングは、すべてのプロジェクトが成功するわけではありません。下表は英語圏のクラウドファンディングサイトとしてメジャーな、「Kickstarter」の統計です。
https://www.kickstarter.com/help/stats
Kickstarterは2017年1月現在までに、累計のプロジェクト数は約33万件あり、その成功率は35.77%、つまり6割以上は失敗に終わっているのです。
カテゴリ別にみると、ダンス(成功率62%)、コミック(同51%)、ミュージック(同49%)、映像(同36%)などは成功率が高くなっています。
これらのカテゴリに共通するのは、
クリエイターとバッカーの距離感が近い
プロジェクトの内容が直感的に理解しやすい
調達資金が1万ドル未満と少額のプロジェクトが多い
などの理由で、成功率が高くなると推測されます。
一方、テクノロジー(成功率19%)、ジャーナリズム(同21%)などは成功率が低く出ています。テクノロジーは一般人にプロジェクト内容が理解しにくかったり、ジャーナリズムはリワード(バッカーへの報酬)の設定が難しいことなどが、成功率の低さにつながっていると思われます。プロジェクトのカテゴリごとの課題点をどうやってクリアしていくかは、プロジェクトを始める前に必ず確認&対策しておきたいポイントです。
調達金額別に見ると、100万ドル以上を調達したプロジェクトは、ゲームやテクノロジー系のカテゴリが圧倒的です。例えば、『シェンムー3』の場合、元々ゲームの開発を進めているという発表がされていたのにもかかわらず、途中で開発が中止された”幻のゲーム”でした。クラウドファンディングで目標金額を達成すれば、この夢が現実のものとなるというわかりやすいストーリーがありました。こういった、プロジェクトを絶対に実現したいと思わせるような企画は、SNSでバズりやすく(=話題を呼びやすく)、調達金額が大きくなる傾向にあります。
同じページにある上表、「Unsuccessfully Funded Projects」を見ると、失敗に終わった212,614件のプロジェクトのうち、47,305件(全体の14%)はまったく支援を受けられずに期間終了、全体の84%にあたる131,912件は目標金額の20%以下で失敗していることがわかります。
目標未達の理由はさまざまですが、目標金額をなるべく達成可能な範囲まで下げつつ、それでもプロジェクトが赤字にならないような絶妙な金額設定がベストです。また、「ストレッチゴール」を設定すれば、最初の目標金額を達成した後に、それ以降の第2、第3の目標金額を設定することで、プロジェクトを最後まで盛り上げることができるます。
最初の目標金額は可能な限り低く、それ以降を盛り上げるために第2、第3のストレッチゴールを用意しておく、というのがスベらないクラウドファンディングの王道パターンと言えます。
2. 調達開始してからが本番
とあるプロジェクトを実現したい時に、銀行やベンチャーキャピタルから資金を調達した場合は、通常はプロダクトのローンチに向けて脇目も振らずに邁進し、ローンチ後にいかにファンや利用者を増やすか、という順番で進んでいきます。しかし、クラウドファンディングは、「調達を開始すること=支援者(ファン)が最初に集まる」ということです。プロダクトを作りつつも、支援者とのコミュニケーション、カスタマーサポートの重要度が高く、最初からそのための体制作りが肝要となってきます。
クラウドファンディングで600万ドルを超える資金を調達して大成功をおさめた『シェンムー3』も、2017年1月時点でまだゲームはローンチされていませんが、継続的に情報を発信しているのがわかります。
http://shenmue.link/news/
© YSNET inc.
バッカーたちは、継続的に発信されるニュースを見ながら、応援しているプロジェクトがどのような進捗を刻んでいるかを確認します。当事者意識を持ちながら、プロダクトの完成を首を長くして待っています。プロジェクトが成功したあかつきには、彼らは熱烈なファンになってくれますし、満足度が高ければ次回のプロジェクトのバッカーになってくれるでしょう。たとえ資金調達に失敗しても、Kickstarterの統計によれば、19%のバッカーは次回プロジェクトでも再度支援してくれるというデータがあります。
スベらないクラウドファンディングのために重要なのは、なによりもユーザーとの近密なコミュニケーション。万が一、スベっても、その後の展開まで視野に入れれば、ユーザーとのコミュニケーションで得られる”信頼”は無駄にはなりません。
3. リワードとストレッチゴールの設計が大切
クラウドファンディング成功の可否は魅力的なリワード(報酬)設定にかかっています。価値あるリワードが設定されているプロジェクトは、やはり資金が集まりやすいのは当然のことかもしれません。海外サイト「CrowdfundingPR」では、リワードの目的と良いリワード例をこのように定義しています。
「リワードの目的」
1 バッカーに関わる機会を与える
2 物語、インセンティブを提供する
3 ものを実際に作る、提供する
「良いリワード例」
【ゲーム】
1. ボーナスレベルや成長アイテム、キャラクター、スキル、アイテムなどの先行入手。
2. 独自のアイテム、レベル、キャラクターをデザインする。キャラクターの声優をする。
3. ゲームに関係したデスクトップやフェイスブックの壁紙、ポスター、サウンドトラック、アクションフィギュア。
4. VIPフォーラムバッジ、新作ゲームへのアーリーアクセス(または販売前のテストプレイ権)、Q&AハングアウトやReddit AMA(ask me anything)へのアクセス。
5. ゲーム中やケース、製品内で自分の名前が確認できる隠しセクション。
【映像】
1. デスクトップやフェイスブックの壁紙、ポスター、サウンドトラック、制作チームのサイン入りの映画の画像や写真プレゼント。
2. 登場人物があなたが選択したメッセージを言う。支援者にちなんで名付けられた登場人物が登場。支援者は映画の中で使われる小道具を提供する。
3. 映画撮影中のNG集やオフショット、別エンディングを入手できる。俳優・監督と映画製作についてQ&AやAMAでコミュニケーションできる。
4. エキストラとして出演。脚本を見ることができる。もし映画作家志望なら、あなたの脚本をプロに監修してもらう権利を得られる。
5. 映画の小道具が手に入る。短いシーンまたは別エンディングの脚本を書いて、出演者に実演してもらう。
【音楽】
1. アルバムの代表曲、歌詞、楽譜、ミュージックビデオなどの先行入手。
2. ライナーノーツ、アルバムジャケットに名前が載る。サイン付きCDのプレゼント。
3. アーティストやバンドがあなたの選んだ曲のカバーを歌ってくれる。
4. ポスター、デスクトップアート、フェイスブックのカバーアート。
5. コンサートへの招待。ライブウェブカムでバンドとジャムセッションができる。バンドやアーティストと一緒に作る新曲を、自分がボーカルとして歌ったり楽器を演奏したりできる。リミックス曲に参加でき、ツイート又はフェイスブックで公式に発信される。
【テクノロジー&デザイン】
1. 支援者は実際の商品をテスト利用した後にユーザーの声を提供し、ファウンダーのインタビューや、会社のブログ記事などに使用してもらえる。
2. Macのようにデバイスの外側又は内側にあなたの名前が刻印される。
3. ファウンダーとQ&A、AMA、インタビューでやり取りできる。
4. 機能を拡張できるデバイス関連アクセサリー。
5. 特別な色、サイズ、バリエーションの商品。
【出版】
1. 登場人物、設定やチャプターを支援者が決めることができる。
2. 別エンディング、本編には登場しなかったキャラクター、別の展開の構想などの下書きを含んだ特別コンテンツへのアクセス。
3. サイン付きの作品、ポスター、アートワークをプレゼント。ツイートで発信される本のレビュー執筆に参加できる。
4. オーディオ版の初回ロット入手。本に掲載されるユーザーからの紹介文を書くことができる。
5. ストーリーや登場人物に関する意図をより詳しく知るための作者とのQ&Aや1 on 1。
良いリワードに共通しているのは、いかにバッカーの「お得感」や「優越感」のツボをつくか。過去に当ブログで紹介した、『Mighty No.9』『シェンムー3』『手塚治虫ローカライズプロジェクト』、またTOMがサポートして成功したプロジェクトの多くは、これらのツボを的確についていました。
価値あるリワードがあるクラウドファンディングはスベリません。魅力的なリワード設計があれば、成功したも同然です。
4. リワードの配送方法は手配してあるか
ユーザーが応援したくなるようなプロジェクトを立ち上げ、コミュニケーションを密にはかり、魅力的なリワードもストレッチゴールも設定して、見事資金調達に成功!しかしこれだけで、クラウドファンディングが成功したとはいえません。
https://www.kickstarter.com/fulfillment
実はKickstarterのプロジェクトのうち、なんと9%が「リワードが配送されない」という現実があるのです。資金調達に成功して商品を作ることができても、配送できない事態となれば、バッカーの信頼度は急降下。クレームが殺到し、返金騒動などの炎上が起こったり、次回のプロジェクトに支援してもらうことは困難になるでしょう。
また、国内配送とは勝手が違い、海外配送は想像以上に手間も費用もかかります。日本国内では配送時の問題がない品物でも、海外配送となると、各国の法律によって配送してはいけないケースもままあります。キャンペーンを始める時点で、対象国、送料、返品、交換の方法などについてよく検討しておきましょう。
送料についても、事前に正確なシミュレーションをしていないと、配送で赤字になるような事態が頻繁に起こります。実際に、TOMにご相談いただいたプロジェクトでも、配送がボトルネックになっていた案件が複数ありました。
海外配送については、ごく基本的な内容となりますが、以前、当ブログで紹介した記事「6.海外配送ってどうやって行うの?」を参考にしてみてください。
「自宅に帰るまでが遠足」ではないですが、世界中のバッカーに、「製品を届けるまでがプロジェクト」です。いち早く届けたいと焦ってしまいがちですが、出荷、配送については事前に十分な準備が大切です。そして、いくら周到に準備しても、配送時/配送後のトラブルは必ず起こるものとして、期間中はサポートできる体制も用意しておく必要があります。特に、出荷時期や到着時期についての問い合わせは多く来ます。プロジェクトごとに想定される問い合わせもあると思いますので、事前に想定問答集を用意して、万全の準備をしておくことをおすすめします。カスタマーサポートは、熱烈に支援してくれたバッカーとの直接的な接点になるので、慎重にかつ丁寧に対応しましょう。
EMS/ SAL/ 船便/ FedEx/ DHLなど様々な発送方法が存在し、配送エリアによって金額も大幅に違います。例えば、EMS料金表のエリア、重量による送料の違いはこちらです。
リワードは送料を見込んだ金額設定にするか、各エリアごとに送料を設定しましょう。バッカーの国へ配送可能かどうかの確認も必要です。また、実際のInvoice(納品書)や配送オペレーションをどうするか、プロジェクトを開始する前に一連の流れは把握しておきましょう。
5. コスト・リスクは計算されているか?
配送以外の各種コストも想定/算出しておき、金銭的なリスクは極力避けたいところです。しかしながら、想定通りいかないことが起こるのも、クラウドファンディングの宿命と言えます。TOMでサポートしてきたプロジェクトの中でも、複数のリワードの納品時期が遅れて、倉庫の保管期間が延びてしまうなど、想定外の費用が必要になってしまったケースもあります。
また、プロジェクトに特典として付けるリワードで、ロゴをプリントしたTシャツやスマホケースなど、バッカーとコミュニケーションを取りながら、プロジェクトを進める中でリワードの種類を増やしすぎたために、予算をオーバーしてしまうケースもあります。そこで、TOMではクラウドファンディングで商品を製造して販売するプロジェクトのために、コストシュミレーターを内製しました。この中には商品を作るためにかかる費用、マージン、送料、プロモーション費用など一通り想定されるものを織り込んでいます。
・商品製造時
作るものやOEM先のメーカーによっても異なりますが、初期費用としてデザイン費、金型費がかかるものがあります。また、商品の試作品製造コストは量産費用よりも高額になります。複数のOEM先に発注をして組み合わせて一つの商品とする場合、それぞれMOQ(最小受注単位)を考慮した計算をする必要があります。また、作業が発生する場合は人員コストを、仕入れに送料が発生する場合は輸送コストを考慮しなければなりません。
・ロイヤリティ、提出用サンプル
版権が関わる商品の場合、ロイヤリティの金額も考慮する必要があります。また、事前に提出しなければならない完成品サンプルの数が決まっていることもあります。必ず確認してコスト計算に織り込みましょう。
・送料
商品をバッカーに届けるためにかかる送料です。国内と海外では大幅に金額が変わることが想定されます。海外でも国や地域によって金額は変わりますが、ここでは簡略化するために海外の想定販売先国割合で平均値をとって、まとめて海外向けとして計算しています。
・その他
プロモーションのために動画を作ったり、メディアに掲載してもらうための広告宣伝費が必要になるケースもあります。PR用の写真を撮影するためのサンプルコストも含めましょう。
・プラットフォーム手数料
TOMでは自社でプラットフォームを運営しているため上記の表には含めていませんが、製造コスト、プロモーションコスト、送料に加えてプラットフォーム手数料が必要です。例えばKickstarterであれば5%(プラットフォーム手数料)+約3.5%(決済手数料)です。これをコストの総額に勘案する必要があります。
上記を全て盛り込んだ上で商品単価(=リワード単価)と販売個数ごとの売上をシミュレーションし、最終的にプロジェクトのために必要な費用を決定していきます。
特にガジェット系のプロジェクトを検討している場合はしっかりと事前調査してください。海外のとあるプロジェクトでは、iPhoneの付属品を作ろうとしていましたが、資金調達中にiPhoneが世代交代をしてしまいました。調達した資金では実現できず、実際の商品が届かないことへの苦情がバッカーから多くあがったというケースもあります。
また、試作品製造依頼のために設計図をOEM企業に渡したところ、そっくりの模造品を作られて先に販売されてしまったというケースや、NDA(秘密保持契約)を結んでいなかったために泣き寝入りするしかなかったというプロジェクトもあります。関係企業とは必ず契約を締結しておきましょう。
プロジェクトを成功させるためにクラウドファンディングをしたのに、このようなリスクを背負ってしまっては本末転倒です。”スベらないクラウドファンディング”のために、しっかりコスト計算をしていくこと、また、法的なリスク回避のために、きちんと契約することをおすすめします。
まとめ
いかがでしたでしょうか。こちらに書かれている内容をおさえておくことで、調達以降の配送完了までの「完璧な成功」が見えてきます。
応援してくれる人を募って新しいプロジェクトに挑戦できるクラウドファンディングは無限の可能性を秘めています。しかも、クラウドファンディングの新市場はこれからまだまだ成長する領域です。
日本発のユニークなプロダクトや作品を世界中から応援を募るためのプラットフォームの機能を備えており、日本から世界を意識したチャレンジングなプロジェクトがこれからどんどん生まれていくことを楽しみにしています。